あの状況でパチンコに並ぶ人に共通する考え方


「理解できない」と思った人も多いかもしれないが、れっきとした理由がある(写真:Mlenny/iStock)

コロナ禍の報道などを機に、にわかに注目を集めているのが、パチンコに通う人たちの存在ではないだろうか。自粛期間中に朝から行列をつくる光景が、テレビで全国へ大々的に放送された。

「当時のインタビューを見聞きしていると、“暇だから来た”“ストレス解消のため”と答えている方が多かったように思います。自粛要請が出ているのだから、今は行かないほうがいい。そう頭の中ではわかっているのに、行かずにはいられない。そういう衝動こそ、『ギャンブル依存症』によく見られる症状です」

「パチンコに行ったすべての人たちが依存症だとはいいません。ですが、あのタイミングでパチンコに行く人がこんなにいるんだ、とは思いましたね」

こう話すのは、ギャンブル依存症患者やその家族への支援を行う公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表理事の田中紀子さんだ。

ギャンブル依存症の人は推定320万人

ギャンブル依存症とは、「ギャンブルなどにのめり込んで、やめられなくなっている行動嗜癖」のこと。2017年に国立病院機構久里浜医療センターの樋口進氏らがまとめた「国内のギャンブル等依存に関する疫学調査(全国調査結果の中間とりまとめ)」によると、ギャンブルなどの依存が疑われる人は成人全体の3.6%(推計)。国勢調査の数字からギャンブル依存症の人は320万人がいると報じられている。

ギャンブル依存症というと、“自分にだらしない人”“意志の弱い人がなるもの”“ダメ人間”といったイメージを持つ人もいるだろう。だが、「必ずしもそうではない」と田中さんは否定する。

「私たちの会が支援する人たちには、いかにもギャンブラーだとわかりそうな人たちだけでなく、銀行員も、会社員も、公務員も、子育て中の母親もいます。これまで何千人もの依存症の人に会っていますが、どんな人でも依存症になる可能性があります」

そのうえで、「だからこそ、依存症は誰もがかかる“病気”であるという理解が必要です」と訴える。

実際、世界的にはギャンブル依存症は病気の1つとして位置づけられていて、WHO(世界保健機関)が定める「国際疾病分類 第10版(ICD-10)」では「病的賭博」という病名が、アメリカの精神医学会(APA)がつくった「精神疾患の分類と診断の手引き 第5版(DSM-5)」では「ギャンブル障害(gambling disorder)」という病名がついている。

「たとえが適切かわかりませんが、同じ食事をしていても糖尿病になる人もいれば、ならない人もいますし、今でいえば、感染リスクが高い場所に行っても感染症にかかる人もいれば、かからない人もいる。それと同じように、知り合いに誘われてパチンコを始めても、それで終わる人もいれば、そこから依存症になる人もいるのです」(田中さん)

たまに勝つことで執着がよりいっそう強まる

田中さんは、「どんな人でも依存症になりうる」という。だが、体質的になりやすい人もいることがわかっている。

では、依存症になる人の脳内では、どんなことが起こっているのだろうか。筑波大学人間系教授(心理学者)の原田隆之さんがこう解説する。

「まず、ギャンブルで大勝ちしたとしましょう。そのとき、私たちの脳内にある報酬系の回路が刺激されて、ドーパミンという脳内物質が大量に分泌されます。ドーパミンが分泌されると、気持ちが高ぶって楽しい気分になります。すると今度、脳はその行動(ここではギャンブル)と快感の刺激を結び付けて、同じ行動を求めるようになるのです」

勝ち負けがあるギャンブルという特殊性も、その欲求を後押ししてしまうという。

「毎回勝つよりも、勝つか負けるかという状況におかれたほうが勝ったときの快感が大きくなり、ギャンブルに対する執着がよりいっそう強まるのです。そうなると、テレビでパチンコをする人たちの様子が映ったり、パチンコ店のジャラジャラという音を聞いたりしただけで、『パチンコをしたい』という衝動のスイッチが入り、自制がきかなくなります」(原田さん)

その結果、家族より、生活より、仕事より、コロナ禍の状況でいえば「感染する(させる)かもしれない」というリスクより、パチンコを優先してしまう。

そうであれば、ギャンブルで大勝ちした経験がなければ、依存症にならないのか。

「そんなこともありません」と原田さん。そこが依存症の根が深い部分だという。

「実は最近の研究では、勝って報酬を手に入れることによる快感よりも、むしろギャンブルをやっている間、“嫌なことを忘れられた”“気分がスッキリした”といった快感のほうが、依存症の脳をより強固にすることがわかってきたのです」

自身もギャンブル依存症だった田中さんも「大勝ちした記憶がない」と当時を振り返る。

「それよりもむしろ、日常にある嫌なことを忘れさせてくれることが、私にとっては大きかった。ちょうど1度目の結婚に失敗し離婚した直後でした。その頃の私は非常勤職員で、先行きがまったく見えず、不安で仕方なかった。そこに入り込んできたのがギャンブルです。ギャンブルをすると、嫌なことがスコーンと頭から飛んで、今に集中できる。それがとても大きな成功体験でした」

ギャンブルが唯一のストレスのはけ口

依存を強める要素の1つとして挙げられるのが、ストレスだ。原田さんによると、「依存症の人に共通するのは、ストレスを感じたときにそれをうまく対処する方法がない点」という。そういう人がギャンブルを始めると、それをストレス解消の唯一の手段としてしまう。

「例えば、自粛要請があったときは、誰でもその多寡はあれどもストレスを感じていました。でも、多くの人は、散歩に行ったり、ペットと遊んだり、家を片付けたりと、自分なりにストレス解消法を実践しながら乗り切っていたはずです。ところが、ギャンブル依存症の人にとってはギャンブル以外にストレスを発散させる手段がない。その結果、今回のような状況下では、よりギャンブルをしたいという衝動が高まってしまうのです」

田中さんが代表理事を務める「考える会」では、自粛要請真っただ中の5月上旬、同会に関わる過去にギャンブル依存症だった人に対してアンケート調査を実施した。

その結果、「もしあなたが回復する前に今のような状況になっていたらどうするか」という問いに対して、約7割が「ギャンブルで不安を払拭していたと思う」と回答。また、パチンコ・パチスロ依存症だった人の6割強が、「都道府県をまたいででも営業しているパチンコ店を探して出かけたと思う」と答えている。

依存症という残念な過去を「価値」に変える

ここまで読んで「もしかしたら、自分(家族)はギャンブル依存症ではないか」と不安に思った人もいるかもしれない。そこで、ギャンブル依存症のサインを以下に挙げる。

□ ギャンブルをするときには予算や時間の制限を決めない、決めても守れない
□ ギャンブルに勝ったとき「次のギャンブルに使おう」と考える
□ ギャンブルをしたことを誰かに隠す
□ ギャンブルに負けたときにすぐに取り返したいと思う

これは「考える会」と、国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部部長の松本俊彦医師ら研究者、そしてNTTデータの協同研究で開発した簡易スクリーニングテストだ。1年以内のギャンブル経験で上記のような症状が2つ以上あれば、ギャンブル依存症の可能性が高いという。

認知行動療法こそが根拠が示されている唯一手段

こうした自助グループとともに回復のための柱となっているのが、精神科病院やメンタルクリニックなどで行われている専門的な治療だ。ギャンブル依存症の治療に関しては、現在、治療薬はなく、「認知行動療法が唯一、エビデンス(科学的根拠)が示されている有効な手段です」と原田さん。

「認知行動療法とは、パチンコ店の前を通らないなど、ギャンブルをしたくなる衝動のスイッチを押さないための行動変容や、ギャンブルに変わるストレス解消法の獲得など、依存症を治すためのスキルを身に付けていく治療法です。行動が変わることで、ギャンブルに対する考え方(認知)も変わってきます」

欧米ほどではないが、日本でもギャンブル依存症対策は少しずつ前進していると原田さん。一方で、今回のコロナ禍のパチンコの報道で危惧していることがある。社会がギャンブル依存症の人を追い詰め、援助を求められない状態にならないか、だ。

「社会から排除されてしまうことで、ギャンブル依存症の人がますます孤立しないか、支援につながらなくなってしまうのではないかと、心配しています」

最後に田中さんが言う。

「報道の人にはぜひお願いしたい。パチンコ店に行く人たちを映すだけでなく、それで困っている人はどこにどう相談すればいいか、そうした有益な情報も流してほしい」

 

ステイサム
パチンコ店に行く人たちだけでなく、それで困っている人はどこにどう相談すればいいかについて議論の余地がありそうですね

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